撹拌下における液々分散系の転相現象


[目次] [1.はじめに] [2.既往の研究] [3.実験方法] [4.結果と考察] [5.おわりに] [6.引用文献] [図表]

2.既往の研究

 Quinn & Sigloh[10]は、分散相容積分率または撹拌速度を変化させることによって転相が生じることを報告している。 撹拌強度の増加はO/W分散からW/O分散への転相を引き起こす[10,11]。 逆に、撹拌速度を減少させるとW/O分散がO/W分散へ転相することも見出されている[6]。

 一方、分散相分率の増加はW/OからO/W、O/WからW/Oどちらの転相をも引き起こすが、それぞれの転相点における容積分率は一般に一致しないことが知られている[2,12,14]。 すなわち、撹拌下では分散相容積を増加させても最初に形成された分散形態を保ち続けようとする傾向があり、転相点にヒステリシス現象が現れる。 したがって、初期の分散の型によりW/O、O/Wのどちらの型の分散をも取り得る容積分率の領域、転相遷移域(ambivalent region)が存在する(図1)。

 転相に関する初期の研究は転相点に及ぼす液物性の影響に関するものが多く、特に粘度が注目されている。 Yehら[16]は、13種類の有機溶媒と水の系においてフラスコ中での不規則な振り混ぜによるW/OからO/Wへの転相実験を行い、転相時の二液相の容積比が液−液界面における各相の粘度比の平方根に等しいとの結果を得た。 Selker & Sleicher[12]は、種々の撹拌方法で数種の非極性液−極性液系について実験した結果、動粘度比による相関を得、粘度の高い相が分散相になりやすいことを示した。 またFalcoら[3]は、界面活性剤によって安定化されたエマルションが転相する場合、転相点で粘度が最大になることを見出し、分散相が球形から、円筒形、ラメラ、連続相へと構造変化することと関係づけることを提案した。 これを受けてGuilingerら[5]は、撹拌下の液々分散系の転相点においても系の分散粘度が最大になることを報告し、転相点を予測できる可能性を示唆した。 粘度以外の物性値が転相に及ぼす影響についてはあまり触れられていない。 Clark & Sawistowski[2]は、キシレン−水系の分散にアセトンやプロピオン酸を添加した場合の転相を調べ、界面張力の影響は物性値そのものよりもそれに伴う滴径変化が本質的であろうと考察している。

 撹拌速度や分散相分率の変化による転相は瞬時に起こるのではなく一般に遅れ時間を伴う。 これが転相点を決定しにくくする原因の一つでもあるが、これに関する研究は非常に少ない。 Gilchrestら[4]はビデオ撮影によって遅れ時間の間に分散滴が次第に大きくなっている様子を観察し、ある大きさの滴の濃度が臨界点に達したときに転相が生じるものと推測した。 そして、撹拌装置の幾何学的構造や撹拌速度を変えた実験結果より、分散系の流動状態が滴の合一・分裂に影響し、合一が優先的であるほど遅れ時間が短くなると結論した。

 一般にW/OからO/Wへの方がO/WからW/Oへのときより転相しやすい、すなわちより低い分散相分率で転相することが知られている。 転相前のW/O分散の水滴は内部にさらに微小油滴を含んでいることが多い。[11] そのためW/O系の分散相分率は実際の容積比率よりも大きくなり、この現象の見られないO/W分散よりも見掛け上転相しやすくなるのかもしれない。 Pacekら[9]は、W/O分散では水滴が油滴を取り込んで転相可能な分散相分率に到達するまでの遅れ時間が生じるが、逆向きの転相では滴中滴が存在しないのでほとんど遅れ時間を生じないことを見出した。 一方Katoら[6]は、撹拌停止後の分散滴の合一・沈降の様子を調べ、O/W分散では比較的大きな油滴に加えて、直径50ミクロン以下の微小な油滴が共存していることを観測した。 一方、撹拌強度を大きくして形成させたW/O分散においては微少な水滴は観察されなかった。 彼らはこの結果より、微少な分散滴が滴間にある連続相液の排出を妨げて大きな油滴の合一を遅らせるため、O/WからW/Oへの転相が起こりにくいと指摘した。

 溶媒抽出のように二液相間に第三成分が分配している場合についても若干の報告がなされている。 キシレン−水分散に溶質を添加した系においては、溶質が平衡分配されているときには先に述べたように界面張力低下に伴う滴径減少のため転相しにくくなるが、物質移動条件下では転相が起こりやすくなり、事実上転相のヒステリシスが見られなくなることが見出されている[2]。 界面活性剤を加えた系についても検討されているが、界面活性剤の種類によって転相挙動が支配され、かなり複雑になるのでここでは割愛する。

 転相点の理論的な予測法についてもいくつかのモデルが提案されている。 Arashmid & Jeffreys[1]は、滴の衝突と合一の頻度が等しいときに転相が起こると考えて転相点を予測し、3種類の有機溶媒−水系の実験値と比較した。 その結果、いくつかのフィッティングパラメータを用いて計算すればすべての場合に予測値と実験値は4%以内の差で一致し、特に撹拌速度が大きい範囲でO/WからW/Oへの転相点に対してよりよい一致が見られることを報告した。 しかし、彼らの計算で使用されたフィッティングパラメータは有機溶媒の種類や転相の方向によって非常に大きな違いがある上に、そのパラメータの意味が明確ではない。 したがって、彼らの理論を一般的に適用することは困難である。


[目次] [1.はじめに] [2.既往の研究] [3.実験方法] [4.結果と考察] [5.おわりに] [6.引用文献] [図表]